日本人は、この1000年間、本当に源氏物語を慈しみ、その思いを様々な形で表現してきた。
その形の数々を、この展示会で見ることができた。
源氏物語の展覧会というと、いつも”源氏物語絵巻”がその中心におかれるが、今回はその周辺にある様々なものが取り上げられており、むしろ、源氏物語に親しみを感じる内容になっていた。
今でいうと文庫本ほどの大きさの紙に記された、源氏物語の写本。何度も何度も読まれたに相違ないのに、大切にされてきたせいか、いまでもとてもきれいだ。
そこには、ほんとうに小さな字で、物語の内容が描かれている。印刷でなく、それを一文字一文字描いた人たちの苦労が手に取るようにわかる。
でも、それを記した人たちは、それを苦労とは思わなかったに違いない。自ら物語を楽しみながら、それを読む人たちも、それを楽しむことを願いながら、筆を走らせたに違いない。
会場には、多くの源氏絵も展示されていた。
今の私たちには、そうした源氏絵には解説が必要だ。これは明石の巻とか、空蝉の巻とか、説明がなければ、よほど有名ば場面でなければ、絵の内容はわからない。
しかし、かつて、そうした源氏絵を日常的に目にした人々にとっては、そうした解説は必要なかったに違いない。
かれらには、その場面、描かれている人々の衣装、風情から、それがどの巻のどんな場面かが、容易に判断できたに違いない。
そうはいっても、現代人も源氏物語は大好きだ。どんな小さな本屋でも、源氏に関するエッセイや現代語訳など、なんらかの本を見つけることができる。
西洋でいえば、聖書やギリシャ神話にあたるのだろうが、源氏物語は、宗教でもなんでもない、単なる恋物語である。
そうした作品を1000年にもわたって、慈しみつづけたということが、日本人とは何であるかを、如実に物語っているかもしれない。